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2006/03/21

入会権判決についてジェンダー法学的観点から考える−世帯主要件と間接差別

入会団体構成員の資格を男性に限るのは、いわば直接差別にあたる。この点が、最高裁の判決で認められたのは、もちろん喜ばしいことだが、一方で「当然」のことでもある。

ジェンダー法学の観点からより問題なのは、殆どの場合男性がなることが想定されている「世帯主」をその要件としている点である。
世帯主には、男性でも女性でもなることが出来る。しかし、圧倒的多くの場合は男性が世帯主となっている実態がある。要するに、間接差別の問題である。

これが間接差別に当たるかどうかは、入会団体構成員の資格にとりこの「世帯主」という要件が合理的かどうかという点にかかる。いわば、実態として当該入会団体の運営にとり、世帯主要件が必要かを考えなくてはならない。この点については、最高裁は入会権の管理・世帯間の平等の観点から、合理性があると判示している。
しかし、本当にそうであろうか。
確かに、入会権が所有権の有無にかかわらず認められるのは、生活に必要な物資を調達する手段であるからであろうし、その点で生活・生計の単位である「世帯」を単位として、一定の管理・運営上の必要が出てくるのは合理的といえる。

しかしながら、本件入会権団体は、すでに生活上必要な薪やまぐさを取るという意味での入会権としての活動はなく、実態としてはアメリカ軍の土地収用に基づく賃料の収受・分配団体である。とすれば、入会権としての実態が消失した段階で、一般的な財産権と同じ構成に衣替えしてもおかしくない。その承継に当たっても、相続法の一般的な方式(個人を単位とする均分相続)をとれば、問題ないのではないか。
従って、本件入会権団体が、「入会権の管理」を理由に、実際には男性が就くことが大多数である「世帯主」という要件を設けることは、間接的に女性を排除する「間接差別」にあたる。
 と、結論づけるためには、当該団体の運営実態について、調査することが必要であろうが、少なくとも原審での事実認定を前提にする限り、上記のような推論が成り立つであろう。

一見すると、合理的に見える、あるいは管理のために便利である、という理由で、国民年金も国民健康保険も、世帯単位で制度設計・運営されてきた。そこには、世帯といえば、専業主婦と配偶者・未成熟子といういわゆる標準家族の想定があった。しかしながら、標準と異なる世帯構成をとる人たちや、より多くの場合には、世帯構成が変わった場合、たとえば離婚や再婚などした場合に、多くの問題が生じている。

もちろん、場合によっては、「世帯」単位が合理的な制度もありうるが、それでも、かつて制度の成立の段階では合理的であったが実態の方が変化して、もはや合理性を持たない場合もある。
本件の場合は、典型的にこの「事情が変わった」場合に当たるとおもわれる。このような場合にいわば「慣性の法則」に惑わされることなく、合理的な判断をしなければならない。

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コメント

台湾では結局,何も言えなかったので,一言だけ.
ここでも「シングル化」という視角が重要でしょうよ,ということで一つ.

投稿: おや痔@('A`) | 2006/04/04 21:14

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